2015年6月21日日曜日
里山の片隅でハルリンドウに遇う
ひと月と少し前の5月10日。裏山の1,500mぐらいの尾根辺りが芽吹きを迎えた頃のことだ。
僕はいつもの晴れた日曜日と同じく、山靴に足を入れて沢筋から尾根道へと山の中を歩いていた。
落葉松の森にもみずみずしい緑が映えている。
朴の樹のアトラスも芽を出して、春を愉しんでいる。
気持ちの良い尾根道を少し登ると、
誰も居ない山頂。いつもと同じように僕は大福を頬張る。
帰りは、隣のピークへと続く長い尾根道に足を踏み入れて、針葉樹まじりの森を行く。
いろんなものが、長い信州の冬を耐えて、いまこうしてざわざわと蠢き始めている。
六人坊、三才山とふたつのピークを過ぎて、三才山峠に降りる。この、森の色合い。
梢に咲くいのち。
そんな風景の中で、僕は初めてこの花を見た。
ふだんは、足元の花にこころを配る余裕もなかったのだろう。この日は、数日前に出掛けていた穂高の山を眺めるために出かけてきた。遠く安曇野の彼方、蝶ケ岳の稜線の上に見えていた峰々を仰ぎ、僕は穂高の雪の感触を思い出していた。仲間のことや山の時間のことを思って感傷的になっていたのかもしれない。
大きな露岩の上に座り込んで写真を撮ったりしている時に、岩の基部の草付に、青い色彩が見えたのだ。覗き込むと、花束。いや、自然が生み出した造形の妙。
ハルリンドウと云うのだそうだ。来年もこれを見に来よう。この花に遇いに来ようと、備忘録として書き残しておく。
烏帽子岩から遠望する穂高とキレット、南岳。中央右の北穂に、僕は魂のかけらを置いて来た。
その烏帽子岩。「麻呂じゃ、麻呂じゃ、開けてたもれ」とかおっしゃりながら恋人の褥を訪のうた麻呂みたいだ。でもご神体だからあまり書くと罰が当たる。
神さますいませんさっきふざけたことを言いました。
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