2017年3月25日土曜日

春の野にスペアリブを煮る。


ある春の一日。近所に住むスズキサトル師匠から「明日、畑を耕すから来るように」という連絡が入った。これは行かねば。

ひるめしの添え物に、と思案を巡らせて、ミニトランギアの鍋で肉の煮込み料理を作ろうと決めた。




肉売り場を覗くと、良い国産スペアリブが手に入った。




塩胡椒を振る。ニンニクは青森産。月桂樹の葉も加える。




セロリがあればすり下ろして加えたかったが、ない。でもこれで良い。これに日本酒をまぶしておく。




スペアリブの半分は、その晩に醤油味に整えられて我が家の大豆小豆の胃袋に収まった。





鶏も仕込もう。手羽元は軽く塩胡椒を振って、すり下ろしたニンニク、月桂樹の葉で下拵え。




手羽元に山の酒『大雪渓』をたっぷりと振りかける。これを密閉して冷蔵庫でひと晩寝かせる。



翌日。食材とナベをバックパックに詰めて、家を出る。目指すブッシュは、のんびり歩いても家から20分とかからない。


スズキサトル画伯の「ブッシュ」。チェアでくつろぐのは地主のMr.K。











ミニトランギアの鍋に食材を放り込む。スペアリブにはカレー粉を大さじ一杯、八分目までの水を加えた。若鶏の手羽元には、コンソメひとつ、カットトマトを加える。




ミニトランギアの鍋は、アルミホイルで二重にくるむ。ふたが開いて煮汁を逃がさないため、もうひとつはじっくり火を入れてじわじわ煮込むためだ。火力のない熾き火の上を選んでことこと煮込む。




スズキサトル師匠、おそろしく焚き火の上手い男である。これほど焚き火の扱いに長じた男は見た事が無い。もしかしたらネイティブ・アメリカンの人々には、このような男も居るのだろうが。着火にはマッチもライターも、着火材も用いていない。薪は、周りに生えている生木を伐ってそのまま使用している。炎は立ち消えることも暴れることもなく、静かにはぜている。以前に、火打石と乾いた茸で瞬時に火を起こしてみせたことがあった。もしかしたらトリックか、そう思えるほどの技を持つ。縄文人だなもう。




これは地主Mr.Kプレゼンツのメジナの煮付け。尺近いメジナは磯の香り満点の味わい、この日、日本酒の用意がなかったことが悔やまれる。





焚き火の「熾き」に載せて一時間少しが経過。完成したナベのふたを開けると、「えも言われぬような...」好ましい香りが立ち上る。これ全部、みんなの胃袋に飲み込まれて行った。




うむ。いいものだ。
荒れ地を開墾して焚き火や料理を楽しみながら、畑仕事への備えをする。現地調達できるモノ、コトはその場で知恵を絞る。人生をいろいろと豊かにしてくれる、贅沢な野良仕事である。僕も時折手伝いに出かけてみよう。










2017年3月18日土曜日

雪尾根の珈琲


平成29年三月某日。わたしは常念山脈から派生する山並みの片隅に居た。金松寺山と呼ばれる里山の奥に続く雪尾根で、さらに登り詰めて行くと天狗岩1964.1mに至る。

入山地点への林道には、早朝から春の気配が兆していた。この林道は梓(ミズメザクラ)の森の傍らを通る。わたしはこの森を眺めながら、梓の樹は万葉集で「春」の枕詞である「あずさゆみ」の材料であることを思い出していた。あずさ、あずさゆみ、春。続けて古い歌謡曲の、春まだ浅い信濃路へ旅する、あの歌詞を口ずさんでいた。

だが実際には、帰りに拾って帰ろうと企てていた蕗ぼこ(ふきのとう)がどこにも見当たらず、悪態あるいは呪詛の言葉を吐いていたのかもしれない。


林道のどん詰まりから、沢沿いの急登に入る。この先はずっと雪上、かちこちに凍っている場所が続くのでアイゼンを履く。昨日の新雪の下に、古い複数のトレースがある。なるべく圧雪されたところを選びながら、足を運ぶ。ザクッザクッと気持ちよく爪を刺して、フラットフッティングで丁寧に歩く。檜の植林の中を電光型に高度を稼ぎ、このうっそうとした人工の針葉樹林から抜ける場所も近いと知る。

やがて金松寺山の山頂へと向かう道を左に見送り、湧き水のあるトラバース道を進む。この先にも古いスノーシュー跡があるのだが、雪質は歩きにくい。稜線の北側で日光が届かないから雪は締まらず、踏み抜きに苦労する。それでもようやく、燦々と陽光が降り注ぐ金松寺山と天狗岩間の稜線に辿り着いた。

稜線に出てからも踏み抜きはやまなかった。時折、膝ぐらいまで沈み込む。こりゃあワカンを担いで来るべきだった。そんなことを考えていたら、いつの間にか時は移っていた。わたしが日帰りハイキングの引き返し時刻と定めている、午前11時11分が近づいていたのだ。



1742標高点の手前の小ピークにケツを据える。わたしはジベタリアンなので椅子類は持たない。家にもない。

ここで、この先へのハイクアップを取りやめる。頭上にぶら下がったサルオガセを眺めると、微風と呼べるぐらいに風が流れているだけだ。太陽の光はいっぱい。雪尾根のまぶしさは春の訪れを感じさせてくれる。この場所以上に、このとき以上に珈琲にふさわしい機会はないだろう。

スパイダーストーブをガス缶につなぐ。トランギアのケトルに雪を詰める。ナルゲンから少量の呼び水を注ぐ。イムコのヒットでシュボッっと点火すると、静寂の尾根にスパイダーの轟音が響き渡る。湯が沸く間に遠くの山々を眺め、また天狗岩まで行くことが出来たら、ようやくそこから眺められる山々の様子を思い出していた。


春の入り口。梓川の流れと松本盆地の彼方には八ヶ岳と南アルプス。今日は富士山が見えない。湯が沸く音はストーブの音でかき消されている。しあわせな時間が静かに流れて行く。おや、ケトルの口から蒸気だ。さて珈琲の粉をフィルターに投じよう。


普段わたしは、アルミ缶を切り出した自作ドリッパーを使っているのだが、今回初めてユニフレームのコーヒーバネットを試してみる。




これが困った。

ケトルで湯を湧かしてsnowpeakの600mlマグを使おうと思っていた。ところがである。マグが大きすぎて、ドリッパーの据わりが悪い。三点ある脚のひとつが内側に滑り落ちてしまうのだ。テーブルになるものはスノウスコップだけ。これはスパイダー氏が使っている。雪の上のマットでは安定が得られない。

やむなく、カラビナを三枚、ザックから外して引っ掛けておく。小さいマグにするべきだったな。



アロマがわたしを癒す。微風はわたしを撫でてゆく。春がわたしにただいまと告げる。至福のときを過ごし、そして撤収する。山頂までは至らなかったが、山の神さまにお供えを。マムートのスノウスコップのハンドルがお供えの三方にぴったりだ。大福餅を載せて、御礼申し上げる。




帰路は、金松寺山1625mに寄る。山頂からの下りで、下界の安曇野松本の眺めと北信濃上信越国境方面の山々を眺めることができた。








コーヒーバネットの「脚」に滑り止めを装着しておこう。シリコンチューブがあったはずだ。




これを10ミリぐらいにカットする。




ワイヤーの末端から通していく。




脚の位置までスライドしてくる。




うん。良さそうだね。