2015年6月20日土曜日

闇の小瓶に眠りし邪悪なる者よ

季節が、春を謳っていいか夏を告げるべきか、淡い狭間に戸惑っている頃。僕は相変わらずも邪悪なる味わいに耽溺していた。





そう、庭に植えてある少しばかりの行者にんにく。こいつを生のまま醤油漬けにしたものが、ちょうど食べごろになっていたので、ひと箸を冷や奴に載せて味わう。ぐぅ、たまらん。

いや、今日は行者にんにくのことではない。さらに桁違いに邪悪なる味わいのことだ。






拙宅の庭ではイチリンソウの花が可憐に揺れていた。僕の、美味なるものを求める魂も揺れていた。






すこし前に書いた、邪悪なる葉山椒の佃煮をこしらえた時の、邪悪なる山椒の樹。その日、葉影に若い実を付けていた。この邪悪な実を、まだ熟す前の柔らかくみずみずしい実を、ごっそり摘み取ってしまえ。






五月二十二日。庭に出て作業。一時間ほどの摘み取りで、笊を半分満たすことも出来ない。






その先には、ずくを要する作業が待つ。実に付いた軸を、はさみで切り落とすのだ。僕にはこの軸がよく見えない。視力が衰えているからだ。やまれず、近所の百均で「シニアグラス」なるものを買い求めた。ああ、老眼鏡とも云う。


見える。眼前の世界が細部まで、見える。邪悪な実はみかんの皮のように、表面がぼつぼつしている。知らなかった。そうか、おまえ、柑橘類だもんな。

そうであったか....。チームROD(Run or Die)のランナー、KMD氏がかつてこうツイートした。デモやん閣下の声で、

おまえを老眼鏡で見てやろうか!

うわあ、この意味がはっきりと分かる。極限に小さなこの果実の、微細な表面まで見て取れる、老眼鏡のこの威力。

てか、おいらいつの間に....。






長い作業の果てに、これだけの素材を手に入れた。






山椒の実の保存方法としては、醤油で炊く、と聞く。が、火を入れることであの弾けるような味わいを損ねてしまう。これを嫌って、生のまま醤油漬けにする。




ひと月ほどの時が移ろう。
とある宵の、僕の酒肴のひととき。





肴のひとつ、厚揚げを炙って、自家製紅生姜を添えたもの。これ、新生姜をなんと、梅酢に漬け込むという、贅沢な味わいの逸品。僕の人生の愉しみのひとつ、豚骨ラーメンのために仕込まれたものだ。最高。





これが、冷蔵庫の中で闇の小瓶に眠りし、山椒の実。



邪悪なる味わいは、我が食卓に降臨する。

あらゆる者ども、平伏するが良い。這いつくばるが良い。




金目鯛のカブト煮に、邪悪なる者が舞い降りる。






その邪悪さたるや、筆舌に尽くし難く、僕は語る言葉を持たない。あざやかに香り、さわやかに迸り、あでやかに震わせ、華やかに響く味わい。もうこの世のものではない。






土用丑の日が近づくと、このような悪夢も予想される。永遠に邪悪なる味わい、我らを引きて昇らしむ。





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