2016年7月29日金曜日

梅酢のある生活

梅干しを手作りしていると、梅酢が手に入る。むかし祖母から聞いた話だけれど、もともとは梅酢を作る過程で出来た「出汁がら」みたいなものが梅干しだったそうで、貴重な梅酢を得たら実の方は棄てられていたらしい。そこら辺に棄てておいたものが干涸びかけてしわしわになって、「お、これ喰えそうじゃん」と梅干しの利用が始まったのだと話してくれた。

その真偽はともかく、梅酢は得難い自然の恵みである。強烈な酸、塩分で保存性が高く、手元には常温放置の三年ものも存在する。また、クエン酸やポリフェノールが豊富で「アンチエイジングの最終兵器」とまで言われている。じっさい、梅酢を毎日摂っている僕は、「アラサーですか?」と訊かれることもある。髭面のミドルを捕まえてアラサーとは失礼な話だが、客観的にはそのように見えることもあるのだろう。こんな予期もせずにいた梅の恩恵を授かって、加齢ならぬ「減齢」のまっただ中にいる訳だが、減るものでもないので皆さんにも減齢の愉しみをお伝えしよう。










意図せず、結果的にアンチエイジングしてしまったのは、何年も前から梅酢を使った酒肴のひとときを満喫してきたせいである。

そうなのである。酒がすすむ梅酢の使い道と言えばがひかりもの、青魚の梅酢締めである。先日は、鮮度の良い鰯が手に入ったのでこれを締めた。







頭と腸を取って三枚に開き、粗塩をたっぷりまぶす。冷蔵庫で休ませてから、穀物酢か酒でさっと洗う。







これを、梅酢に一晩か二晩、漬けておく。頂く直前に皮を剥ぎ、小骨を抜いて切って盛る。





右の紅生姜も自家製。新生姜を梅酢に漬け込んだだけのシンプルにして爽快な味わい。どんぶり飯も冷や酒も、はかどるはかどる。




葉陰濃くなる日々を迎え、庭の菜園の胡瓜が立派に育っていた。



軽く塩で揉んで、水気を絞ってから梅酢に漬ける。まな板を重し代わりに、一晩。これは普通の浅漬けと異なって、傷みにくい。山に担いで行っても、多分三日ぐらいは保つだろう。




これは真鯵の梅酢締め。行者にんにくを生醤油に漬けたものをあしらっている。




これはある日の弁当である。おいなりさんの油揚はみりんと醤油で普通に炊く。中に詰めるご飯は、梅酢をまぶして味と香りを忍ばせている。そして土用の頃の暑い日でも傷まない。



この梅酢、アマゾンやそこらで普通に売られている。手作りせずとも簡単に買える。みなさんもぜひ、究極のアンチエイジングをお愉しみあれ。



2016年7月18日月曜日

夏空を待ちながら


梅雨の中頃から仕込み始めた梅干しは、ちまちま1キロ2キロと増え続けた。記録を書き込んだノートをめくって数えてみると、なんと、40キロを超えている。昨夕のぞいた店の売り場からは、梅の実が姿を消していたから、もう増えることはない。が、既に、僕ひとりで笊に広げたり干したり取り込んだりできる量じゃない。娘の手を借りて、秋まで掛かってでも干して瓶詰めしていくだけのこと。そう、今年の梅仕事は、ほんとうはたくさんのやり残しがあるのだけれど、あとは干すことに専念すればいい。


梅雨明けの知らせはまだだが、そろそろ干し始めていかないと、時も場所も限られる。仕込みの早かったロットから、少しずつお日様に当ててやろう。





少しずつ、1キロ2キロと塩漬けしていくときには、ジップロックの袋を用いたと、さきに書いた。熟し具合に分けて漬ける場合にはまことに都合がいい。これを干すにあたって、小分けしておく必要のない梅たちは混ぜてしまう。もちろん品種と産地、買い求めた店、これだけは分けておく。書き残して、たとえ50年先にでも判るようにしておく。





7月17日、平成28年の初干し。

本格的な天日干しは梅雨明けを待って。






菜園にしてある訳でもない楢の樹の下に、植えた覚えの無い豆が、いつのまにか育って成っていた。さっと茹で上げ、味付けしてぱくー。




胡瓜も茄子も立派になってきた。こいつらは、塩揉みしてから軽く絞り、カットして梅酢に浸す。そこへ、昨年の庭の茗荷の梅酢漬け、新生姜の梅酢漬け、そして紫蘇の実の醤油漬けを散らす。即席の柴漬けだがこれが美味い。

この即席柴漬けのことを書き足しておこう。
たまたま土用の日の朝食に、小鉢に盛ってみた。紫蘇の実と茗荷は、去年の夏に収穫してそれぞれ生醤油、梅酢に漬け込んでおいたもの。すごいことだ。火を通さない素材が一年後に食べられるなんて。旬の夏野菜の味わいに、暦を一回りした去年の彩り。いまを愉しみながら、古いものが活きている。







時は、追いかけることも急がせることも出来ない。日々、梅や土や、風と向き合って暮らしているうちに、いつしか移ろい、満ちる。




2016年7月10日日曜日

夏の夕、炎が揺れている


山にも、野営にも出かけない梅雨空の週末。

僕は煩わしい用事を片付け、やりかけの梅仕事の少しを終え、回覧板もまわした。洗濯物の取り込みも確認した。今日は参議院議員選挙の投票日だが、朝のうちに投票も終えている。子供たちは母親に連れられて神社のお祭りに出かけるだろう。食事は外食と話していた。うん、これでいい。

書斎に戻り、散らかり過ぎたデスクの上を呆れ顔で眺めた。いや、ここはそのままで良いさ。気持ちに区切りをつける。ウイスキーのボトル、マグ、そしてつまみの用意も。窓は開いている。風が入ってくる。郊外だからあまり雑音は無い。

Macの電源を入れ、外部スピーカーのヴォリュームを上げる。

思い出したように庭に出て、園芸用の木酢液の容器を手に戻る。こいつを空いたトレイに少したらす。焚き火の匂い、が書斎中に漂う。木酢液は弱火のアルコールストーブで炙ってもいい。今日はストーブを使わない。





YouTubeを開いて、ある焚き火の映像を開く。このクリップは8時間以上ある。ときどき、一晩中流してみたりする、お気に入りのクリップだ。


どこだろう、"The Great Outdoors" としか書かれていないが、原野に薄明の空を眺めて、目の前で焚き火がはぜている。フクロウとコオロギの声がする。カメラは固定で、気がつく限り何かが周囲で動き回ったり、気配がしたり、しない。炎と、薪がはぜる音と、さきのフクロウたちだけだ。撮影者は、どこに居るのだろう。カメラをセットして、離れた場所に居るのだろうか。月がある。月は動かない。だから厳密には、短いクリップを編集でループさせていると解るのだが、そういうことが気にならない。眺めていると、何も考えていない自分に、ふと気づいたりする。最後に焚き火をしたのはいつだったろう? そう問いかけてみる。問いかけて、問いかけが宙にほどけて消えてしまう。焚き火のことを詩にした人がいた。詩人のことを思い出そうとしてやめている。庭の菜園の、これからの段取りを考え始めた。次の瞬間には、もう考えをやめていた。夏山、どうしよう? 横尾の本谷でいいのだろうか。横尾尾根に登り上げるポイントの踏み痕は見つけられるだろうか? でもすぐに、考えることをやめていた。

思考が、途中で、みな消えてしまう。

マグを呷る。空だと気づかず呷る。おっと、と呟きウイスキーを注ぐ。風呂はいいや。実は今朝、近所の浅間温泉で湯浴みして来たのだ。いい風呂だったなあ... しかし風呂のことはどうでもいい。焚き火が揺れている。炎が揺れている。薪がはぜる。どこかでフクロウが鳴いている。あれはコヨーテ? いや僕はコヨーテの声を知らない。コオロギ。風がないようだ。炎が揺れている。時がほどけていく。自分自身もほどけていく。だいぶ実体がなくなってくる。まだ、炎が揺れている。























2016年7月7日木曜日

梅仕事、2016


梅雨も後半に入ると、とても落ち着かない。落ち着いてなんか居られない。





庭の、この紫陽花の樹が時期を知らせてくれる。今年も梅を仕込む日が近づいて来たと。





本当は箱買いで10キロ、20キロと仕込みたいのであるが、近隣農家の無人販売所には少量しか置いてない。だから、1キロ、2キロと手に入れて、熟し具合に合わせて仕込んでいく。

僕の梅仕事は、梅干し作り。毎年可能な限りの熟し梅を仕込んで、干して、保存する。ほんとうは、保存できるほどに仕込んだのは一昨年からで、三年前の梅干しは、もう無い。昨年からはある企てがあって、僕がこの世を去った後に、僕が仕込んだ梅干しが発見される、というシナリオを描いている。僕の子供たちはまだ小さい。こいつらが長じて、あるいは未来に孫が生まれて、「お、爺ちゃんの梅干し!」となる展開を思いめぐらせているのだ。そのためには、長期保存が可能な20%の梅干しを作る必要がある。減塩梅干しは、そんなに永く保たない。

上の写真、手前のお椀の中身は、去年、一昨年の梅酢である。塩をまぶすのに、これまではホワイトリカーを使っていた。これを今年から梅酢に置き換えたのだ。洗って乾かした梅は、まず竹串でなり口のへたを取る。ここを梅酢に浸す。凹みに塩を押し付けて桶なり瓶なり、袋なりに詰めていく。少量を仕込むのには、Zipロックの袋を用いる。1キロにLサイズがちょうどいい。





今度は重しを載せて、一晩置く。こんな風に。開口部をしっかりZipしないと梅酢が漏れる。





翌日には、こうなっている。空気を丁寧に抜いてまた密閉する。





ちまちまと梅を手に入れるごとに仕込んで、梅酢が上がると空気を抜いた状態で書斎の棚に放り込む。袋を寝かせると、梅酢がこぼれたりしてよろしくない。念のためポリ袋に入れて、立てておく。





未来への保存用、友人たちへの贈り物用以外に、自分の弁当に詰めていく自家用を仕込む。半額売りだって構わない。傷んだ梅を取り除いて、残りで仕込む。





熟し加減にかなりのバラツキがあった。それでも10キロを確保。追熟が上手くいくとは限らないので、そうだ、青いのを梅酒用に少し....。







これも塩分20%。大きな樽一杯に詰め込んでいく。





そして残った青梅を、ホワイトリカーと氷砂糖で。





家中が、仕込みの場所に使われている。もしも、の話で恐縮だが、家を建て替えることが叶うなら、別棟で梅干し小屋を作りたい。水洗い、乾燥、へた除り、梅酢浸し、塩まぶし、樽詰め、保管、天日干し、瓶洗浄、瓶詰め長期保存、そしてラベル作成までを行う専用スペースだ。夏の間、そこに籠って過ごすのだろう。





こんな風に、梅干しを仕込む、という営みは、去年、一昨年の梅仕事を思い出しながら、今年の梅と向き合い、梅の顔を見て行う。来年や数十年後のことを思い描き、一粒ずつていねいに扱い、つぶれ梅が出ても棄てずに漬ける。ひと月から半月先に土用干しを控えているため、梅雨明けの空のことも気に掛かる。自分がどの時間軸に身を置いているのか、解らなくなってしまいそうだ。それほどまでに、梅の具合と時の移ろいとに、揺さぶられる。でもこれが梅仕事の醍醐味。そういえば、去年の完成品を、まだ友人たちに送ってもいない。許せ、と心の中で詫びながら、また今夜も少し仕込む。

水上勉さんが書いた言葉にあった「梅に絡んで生きる」ということを、僕は少しだけ、理解できたようだ。















2016年7月1日金曜日

ケツ出し山を訪ねて


樹林帯の鞍部に降り立った僕は、思わず、こう呟いた。(以下、一部に伏せ字を使用します)

 ここは、信州の*門だ。


松本市四賀というところにある入山の三角点ピーク(1626.5m)から、尾根通しに約50m下ると鞍部になっている。その先には登り返す格好で、もうひとつのピークがある。こう書くと双耳峰のように誤解されるが、もっとまろやかな地形のため、双耳峰ではなく「お尻型」になる。お尻型の、まるい双丘の狭間に位置する鞍部に立って、僕は理由も無く地形を観察してしまった。鞍部に、高さ1メートルぐらいの土の盛り上がりがあるのだ。お尻型の山である。鞍部の土の盛り上がりである。まぎれもなく、*門ではないか。

この入山。北ア、常念岳や蝶ヶ岳から安曇野を眺めると、嫌でも目に着く。安曇野の向こう、美ヶ原の北のあたり、野原しんのすけによる「ケツだけ星人」が等高線によって丁寧に再現されている。


これは東天井岳付近から。雲海の上の山並みは、地元では「滝山山塊」などと呼ばれている。その最高地点が入山=ケツ出し山。左の黒いお山は有明山。





これは穂高有明の冨士尾山山頂から。トリミングしている。





これは蝶槍付近から。手前の谷が烏川渓谷。




安曇野市堀金というところに生まれ育った友人に尋ねてみた。
「見事にお尻の形をした山があるね、知ってた? お尻山」

すると、普段は物静かな友人は、なぜかムキになって言い返した。
「いや、あれはケツ出し山だ。お尻山じゃねぇ。ケツ出し山だ。」
唾を飛ばすような勢いで、しかもケツ出し山を繰り返して。

こんな風に、安曇野在住の人々には「ケツ出し山」で知られている。地元四賀の衆も心得ている。だって「ケツ出し山」を冠したイベントがあったぐらいだ。感心したのは、上田に出かけた折に、この山の東側にあたる上田・塩田平からも、見事なお尻型に見えたことだ。

信州の真ん中にお尻型のケツ出し山があって、そのまるい双丘の狭間に土の盛り上がりを見つけたことは、既に書いた。だから僕はこれを、信州の*門だと思ってしまったのだ。






2016年6月26日。
ツール・ド・美ヶ原がすぐ近所で開催されている週末の朝、僕は保福寺峠にカブを停めた。




峠には、僕のレッド・スコルピオン号のみ。




この峠は、明治二十年代、かのウエストン卿が日本アルプスに登ろうと信州を訪れた際、東から西へと越えた。ここから常念山脈と背後の主稜線を眺めて、絶賛したと伝えられる。





あいにくの梅雨時である。絶賛するほどではなかった。





 馬頭観音のすぐ脇、急な坂道を登っていく。





理由は知らない、なぜかお寺の鐘の音を聴いた。空耳かとも思ったが、数回、聴こえた。僕が何かに化かされていたのかもしれない。






最初に踏んだピークは、二ツ石峰(1563.6)。





この日はたくさんの百足を見かけた。




途中、西側の眺望が得られる。




おおお、ケツ出し山が間近に見えてきたぞ。




気持ちの良いトレイルである。青木村などが整備を始めている模様。案内板の距離やコースタイムが未完成だった。





木漏れ日の下のギョリンソウ。




そしてケツ出し山山頂。
友人は「違う」と言うだろうが、正確には入山山頂(1626.5m)。





これが鞍部の土の盛り上がり。すなわち、信州の....  もういい。





もうひとつのピーク。









下山後、四賀保福寺集落の田園越しに、常念山脈が見えていた。




立派なお宮さんがある。津嶋神社さん、御神威に満ち満ちし境内の清々しいこと。

山の神さま、ありがとうございました。
お尻云々はともかく、*門とかすみませんでした。