2014年6月10日火曜日

酒肴の企て、鯵のこころみ


何日も前から、酒肴のくわだてをめぐらせる。ときには企てが数ヶ月、いや年を跨ぐこともある。




この日は、二尾の鯵を手に入れた。刺身か、叩きに良いだろう。なめろう、という愉しみもある。



だが待て。安易にすぎるではないか。ひと思案した後、酢締めにすることにした。締め鯖ならぬ締め鯵である。













手早く、鯵を三枚におろす。腹骨も小骨も残したまま、そこへたっぷりの塩を振る。北アルプスの稜線に降る雪のように。これは下味というよりも、水気と臭みを抜くための塩。紙を敷いたバットに広げ、これを冷蔵庫で小一時間休ませる。




取り出したら鯵の身を酢で洗う。酢には酒を少々くわえてある。塩を洗い流したら水気を丁寧に拭き取り、漬け酢に浸す。実はこの漬け酢に、秘密がある。漬け酢は穀物酢ではない。








 
漬け酢は、梅酢なのだ。
しかも新生姜の香りをまとった。




数週間前のことだ。新生姜を薄切りにして自家製の梅酢に漬込んでおいたのだ。いわゆる、ガリである。



市販のものと違って甘くしていない。用いた梅酢は一昨年の梅干づくりの産物で、南高梅を20%で仕込んだ際のもの。紀州の梅の実から沁み出た尊い至福のリキッド、華やいだ香りが立つ。この梅酢に新生姜のエキスを溶けこませた究極の漬け酢。






腹骨小骨を抜き取る。そして手触りももちっと締まった鯵の身を浸す。イベリコ豚の生ハム、あんな風なもっちり感と書けば大げさに過ぎるだろうか。





また冷蔵庫で小一時間、今度はびしっと締める。皮を引き、ひとくちに切って盛りつける。その身の外側は梅酢でわずかに白くなっている。中は透明さを残している。僕が一番好ましく思っている締め具合。盛りながら、ふと不安になる。梅の香、生姜の香、そして鯵本来の持ち味。これらが競い合ったりするような、騒々しいする味わいになるのではないか。まとまりのない仕上りになるのではないか。


そうだ。薬味にひと工夫してみよう。きりりとした味わいのアクセント。葱を刻もうか。庭の青葱を摘みんでざくざくと、たっぷり....


いや、葱は止めておこう。実は行者にんにくを生のまま醤油漬けにしたもの、しかも一年前に漬けた古ものが冷蔵庫の奥底から出てきたのだ。これを刻んで、締めた鯵に添える。行者にんにくの香りをまとった醤油も、垂らす。酒は、安曇野の銘酒、廣田泉。



ひとくち、箸に取る。
異界が、その扉を開けた。





4 件のコメント:

  1. ウギャ~!これまた手が込んでますね~味の想像がつきません!
    店で出すとしたらいくらですかね?650円~1000円?
    やっぱり隊長、お店出して下さい!秦野辺りでお金は茶柱師匠かくわ先輩に出してもらって。
    そしたら、雇ってくださいよ~まかない飯が楽しみです♪

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    1. ふっふっふ。團長。
      こんなもん、出せませんって。
      ひとたび、人はこの美味を知ってしまったならば、中毒ですよ。
      「もっとよこせ」と暴動ですよ。

      いえ、現実問題、あの醤油漬けをめぐって騒動が起きてるんです。
      おいらの回りで。「もっと、ない?」って。
      ありませんって。今年は入荷が少なかったのですからねえ。

      え? てめえの分があるだろう?
      いいえ。小瓶にひとつ、残してあるだけですわ。
      そんなことよりクッソ忙しいんですけど。
      今週土日も仕事になりそうです。

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  2. 甲類焼酎を梅酢とソーダで割りたい…。
    さっぱりとして美味そう。

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    1. さかしたさん。
      梅酢は無双です。最強です。
      焼酎やウォッカは完璧に美味しくて、白いラムに垂らしても不思議な味わいです。
      「梅よろし」という梅ジューステイストのドリンクがあります。
      こいつと焼酎+梅酢、胡瓜のスティックをマドラーにするんですが
      なんというか奇妙な体験も可能です。

      とか言いながら、毎朝、梅酢をお湯で割ってがぶ飲みしてるのがわたくしです。

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