2016年5月15日日曜日

この緑の星の突起のひとつに


日帰りで常念に、と予定していたが、前夜のウイスキーが過ぎたのか寝坊した。しかし私はめげること無く、装備から雪道具を抜いて替わりに珈琲道具を詰め、山靴をハンワグの【スーパーフリクション】から【クラックセイフティー】にスイッチ。さらに二度寝してゆっくりと朝飯を喰らい、家を出た。




これは庭の一輪草。先日、楢の樹の下にそっと咲いているのを見つけた。ということは、近所の戸谷峰の二輪草も見頃になっているということだ。出かけてみよう。




カブで25分ほど走り、国道254の三才山ドライブイン付近の空き地に停める。【クラックセイフティー】のひもを締め直し、ポールを伸ばして歩き始める。




山道に入ってすぐ、足下に【オトシブミ】がたくさん。これはオトシブミの母さんが、次の世代へ命を託す際に若葉のカプセルをこしらえ、その中に産卵する。孵化した幼虫は若葉のカプセルを食糧として育ち、やがて成虫となる。




山の藤が鮮やかである。この山、戸谷峰がフォッサマグナの海の底だった頃、海底火山の活動の名残りがこうした岩塊斜面となって残っている。私は勝手に、これを「岩畑」と呼んでいる。だって面白いじゃないか、畑の岩が、夜の間にこっそり育って大きくなる、そんな想像を巡らしたまえ。




緑したたる、と書くほかない。芽吹きの季節の、美しすぎる一瞬だ。




ジグザグと高度を稼いでくると、眼下に国道を眺める。あの先に三才山トンネルがある。




この山の森は、落葉広葉樹が多い。いにしえの人々は、この戸谷峰に薪炭を求めて分け入り、山中に炭を焼いた。その痕跡が、崩れた炭焼き釜の石組みや、地面を黒く染める炭の粉となって残されている。

人々は、この山を、生きて行くための糧として利用した。欅や楢、櫟の樹を伐って炭にした。しかし今でもこの山は広葉樹の森に覆われ、秋にはたくさんのどんぐりが散らばる。伐り尽くして禿げ山にするようなことはせず、伐った樹はひこばえを伸ばして株分かれしたような巨樹になる。どんぐりは動物たちの胃袋も満たした。私がここで見た哺乳類は、ツキノワグマ、ニホンカモシカ、ニホンジカ、ニホンザル、シマリス、ヒトと実に多様である。





滑りやすい土の斜面を少し登ると、小尾根に出る。




芽吹き。




発芽。

どちらも、みどりが、いのちが新しい局面を迎える美しい瞬間。




少し岩が出てくる。ポールが邪魔になる。




高度が上がると、芽吹きの様子が変わってくる。国道のすぐ上では濃密な、爛漫の春が満ちていた。これが、数百メートル登ってくると、まだ淡い、生まれたばかりの春になる。




そう、つい先頃目覚めたばかりの森。

春は、この戸谷峰の山肌を、山麓から駆け上がってくる。そのまっただ中を登って来ることで、私は濃い春から淡い春の、継ぎ目の無いグラデーションに浸ることが出来た。移ろう季節の狭間に、いのちの働きの、形容しがたい感触を五感で受け止めることができた。




私が「南稜の頭」と呼んでいる1,469ピークが同じ高さに見えてきた。




三兆八回。ちがう、山頂は近い。




稜線に乗る。ここから右へ、ピークはすぐそこ。




賑やかな話し声が聞こえてきた。ここへは二十回ぐらい来ているが、誰かと会うのは初めてである。三角点にご挨拶。




sanpo師匠のアルコールストーブを携えてきた。湯を沸かし、アロマへの期待に鼻孔を膨らませ、さて眺めを愉しもう。しかし、春霞に遮られ、楽しみにしていた槍穂の連なりは見えなかった。




それでも山の神さまへのお供えは、ちゃんと大福。他人の目があるので正式な儀式は叶わなかったが、神さまはお許しくだされよう。

お供えが済むと、むしゃむしゃむしゃむしゃ、うめえええ。




山頂直下の二輪草。踏まないように歩くことで精一杯。




可憐な姿ではある。




おい、バイケイソウ!




私が最も好きな場所のひとつに、最も好ましい時期に来ることが出来た。山の神さまのお導きである。

そして、ホオの樹のアトラス。







今年も無事に芽吹きを迎えていた。






みどり、緑。
途中、とても気持ちの良い親子連れとご一緒に歩き、シマリスを眺めたり、山の話をかわしたり。




標高1,000mの野間沢橋に降り立つ。ここは国道254。




帰り道に必ず寄る、御射神社さんの秋宮。老杉の茂る境内に、私の打つ柏手が響いた。




女鳥羽川と戸谷峰。
山の神さま、今日もありがとうございました。



9 件のコメント:

  1. マスノスケ2016年5月16日 0:37

    師匠、今回の記事は写真がすばらしい。

    春から初夏へと変わりゆく長野の低山の美しさを満喫しました。

    緑したたる。冬の眠りから目覚めた木々が夏近づく眩しい光に、命をもやす様子。
    枝や地面からのこぼれんばかりに吹き出す緑の命、あたかも光に手を延さんばかりに、


    朴の木のアトラス、僕のいつか芽吹きの季節に会いに行きたい。

    日本の山はすばらしい。

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    1. アラスカの兄貴。
      山の緑、ここを歩いた数日前といまと、もう違うんですよ。
      黄色味が強かった強かった若葉たち、もう青いんです。
      たった数日で、って絶句するぐらい、命って走ってるんですね。

      ほんとうです、日本の山って、すばらしい。

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  2. 戸谷峰、アトラス…で、ここにたどり着きました。勝手にすみませんm(_ _)m
    山と自然を本当に愛している人だなぁと感じました。ほんの少しの時間でしたが、緑の木漏れ日を浴びながら、初めてあった人の興味深い話をききながらの下山は、楽しくて、戸谷峰の一番の思い出になりました

    帰り道、全開の窓から炭を焼くいい香りを息子と笑顔で確かめて、戸谷峰をあとにしました。息子と二人、今度は鉢伏山からのその道をあるくことを決めました。
    また、何処かでお会いできたら嬉しいです。
    お元気でお過ごしください。

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    1. マダム。
      悪いことは出来ないもので、すぐ足が着くというか、何と云うか、
      いや、正直、絶句してしまいまして、まさかまさかのまさかで
      えっと、何とタイプしていいのか支離滅裂になっておりまして、
      あああ、驚いています。

      >勝手にすみません
      いえ、ようこそ、このようなむさ苦しい場所に。
      サブタイトルが「暴飲暴食、時々は山」ってぐらいですから
      中身は何にもありませんが、またよろしくお願いいたします。
      百名山のことをお尋ねでしたが、自分は「見て興奮したあの山に行く」
      というのを信条としておりまして、そのような理由から
      松本市内の山に通う、という結果になった訳であります。
      また何処かのお山でお目にかかりましょう。明日は鉢伏山であります。

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  3. 戸谷峰でお目にかかりましたマダム。
    追加情報であります。
    今日、鉢伏山を目指しましたら、倒木で大変なことになっていました。
    扉温泉からわさび沢コース、の一部を見てきましたが、倒木だらけです。
    上の方までの整備(チェーンソー)はまだ入っていない可能性もありますので
    鉢伏方面はしばらく様子見した方が良さそうです。

    美ヶ原に向かったのですが、こちらは雨氷の被害なく、コースも正常でした。
    ということで、もしご覧いただく機会があればと思い、記しておきます。

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  4. マダムって…(^_^;)恥ずかしい…ただのおばさんですが。返事をいただき、とても嬉しいです‼︎土日の休みなかなかとれないので、息子との山への時間は貴重です。鉢伏山…そんな状態なんですね…残念。他におすすめの山があれば、教えてくださいね^_^
    百名山は息子との楽しみで、バッチ集めも楽しみで、少しづつ登っています。いつまでも息子とつながれるかなという思いもあります。山は、二人の大事な場所です。
    赤いcubを颯爽と乗る姿、また会いたいなぁ

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  5. おおお、マダム。
    そうでしたか、ご子息との大切な時間、解るような気がします。
    山というのは裏山や丘であっても特別な場所、
    日常の煩雑な決まりから離れた、ある意味、聖別された場所と思います。
    そういう特別な場所をご一緒なさることは、深い絆をいっそう深める、
    ということにつながるのでしょう。

    特別で大切な、かけがえのない時間と経験、たからものですね。
    僕も子育てしてるので、その価値、深み、重み、ものすごくわかります。
    とタイプしながら、独り勝手に山中に彷徨う自分が恥ずかしす。
    今度は坊主と娘を伴って、山道を歩いてみたいものです。

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  6. またまたコメントしますm(_ _)m すみません。今日、独り戸谷峰に行ってきました。オレンジ色のヤマツツジが迎えてくれました。ハシリドコロやバイケイソウはいよいよ大きくなっていました。バイケイソウが食べられていたのですが…何者でしょうね。 今日の目的、朴木のアトラス‼︎素晴らしい木でした。見て触れて幸せな気持ちになりました^_^ ありがとうございました。今日は湘南からのツアーの方々が15名ほどお昼ご飯を召し上がっていました。5分程休み、下山しました。入ってみたかった出会いドライブインで、山菜蕎麦をいただき帰宅しました^_^ コシアブラ、私はごま油に塩、だしの素などでナムル風の味付けをし、細かく刻みご飯に混ぜます。それをおにぎりにして食べます。ごま油でコシアブラの風味なくなるかなぁ。私の好きな食べ方です。
    今日は、アトラスに会ってパワーもらいました。 マダム^_^;より

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  7. うおおおお、マダーム。
    再訪なさいましたか、このすばらしすぎる展開に
    アトラスもどれだけ喜んだことでしょう。
    やつは結構な寂しがり屋で、冬の頃、誰も訪れる者もなくなってしまうと
    それこそ葉を全部落とし切って、しょぼくれたように佇んでいます。
    粉雪でも舞っていると、もう「下のドライブインで、かけ蕎麦でも喰うか?」
    ってなりますよ。

    あのドライブイン、入ったことないんです。
    ていうか、いつも早朝に登って早いうちに降りてきちゃうせいでしょうか、
    営業してるの知りませんでした。貴重な情報をありがとうございます。

    ごま油とコシアブラ。なんだかいい響きです。
    そうそう、個性が強い別な者同士が逢うと、
    奏で合って高め合って響き合うことがあるんです。
    何でも都市伝説なのか、アモーレとか言うらしいんですが、
    僕はあまり機会にも容貌にも財産にも恵まれず
    ほとんどアモーレを知らずに生きてきてしまいました。残念です。
    やり直せるのなら、アモーレのある人生というやつを、
    サンタさんにお願いしたいものです。

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