2015年11月14日土曜日

キンミヤの雨



朝から降りけむるような雨だった。

部屋の掃除、洗濯、そして子どもたちのカレーの煮込みを終えるとすることも無くなってしまって、台所で呑み始めようとしていた。もう昼だ、咎められることもあるまい。時刻はまだ11時台だったが、昼ということにしておこう。しかし流しの下の酒瓶は、どれも空だ。書斎に買い置きもないので、やむなくカッパを羽織って買いに出る。カッパと云ってもRabのMyriad Jacketというお気に入りのシェルだ。フードを被って酒を買いに出る怪しい男は、歩いて坂道を下り辻を折れ、やがてショッピングセンターの魚売り場に立った。刺身か、干物か、煮魚でも拵えるか....。昼酒のアテを物色していると、塩鮭の頭のところを集めたパックが目に留まった。

 うむ、こいつの目玉の裏にあるぶにぶにした奴が美味いのだ。

男はその禁断の味を知っていて、鮭の頭をこっそりとカゴに移す。さいわい誰にも見られていないようだ。




酒売り場に移動する。大雪渓をカゴに取り、角瓶も一本。そうだ、焼酎も買って帰ろう。隣の通路に移動して焼酎の棚を眺めると、キンミヤを見つけた。

 キンミヤ....

男は未だ口にする機会を持たなかったが、友人たちの多くが、この酒についてしばしば語っていた。

 「阿佐ヶ谷でやられた」
 「おれは、立石だった」
 「記憶がない。財布を無くした。家には帰ったのだが」
 「お、おれは、槍のテン場から、墜ちた

どうやら、相当に危険な酒のようだった。想像するに、口当たりが良く飲み過ぎてしまう、あるいは後から足腰に来るような凶悪な酒なのだろう。男はキンミヤ25度に手を伸ばしかけ、一瞬躊躇ってから隣の20度のボトルを掴んだ。初めてなのに25度を飲むほど、男は冒険家ではなかったようだ。



台所に戻った男は、腹が減ったと騒ぐ子どもたちに手早く焼きそばを作り、汁を椀に汲んで出した。そしてFacebookで友人たちに「俺は初めてキンミヤを買った、飲み方の指導を頼む、割れば良いのか? 生のままが良いか?」と問うた。するとすぐに「いいね!」がいくつも付いたのだが、誰も飲み方をコメントに書かない。仕方がないので男はチタン製の220mlカップに少量のキンミヤを注いだ。ぐび。おおお。





仕入れてきた塩鮭の頭を蒸しながら、男はまたキンミヤを呷った。そして空のカップをしばらく眺めた後、書斎へと向った。台所に戻って来た男が手にしていたのは、同じチタンのカップの、ただし450mlのものとさらに大きな600mlのカップだった。300mlのサイズは仕事場に置いてあるのだ。








トランギアのケトル、これは常に台所にあるのだろう、水を汲むと火にかけ、ちんちんと鳴り始めたところで600mlカップに注ぐ。そこには既にキンミヤが注がれていて、香り芳しいキンミヤのお湯割が瞬く間に出来上がった。男は満足げに二回頷くと、キンミヤのお湯割を口に含んだ。600mlカップを置くと、今度は450mlカップを満たした割っていないキンミヤを口に含む。どうやら、お湯割をチェイサーにして生キンミヤを愉しむ趣向らしい。

窓を開け、外の雨音を聴きながら、男はキンミヤを聴いているようでもあった。塩鮭は蒸し上がった。



かつていのちであったものが皿に盛られた。画像では恐ろしくまた叫び出したくなるものである。そこに箸を突っ込んで、と想像すると身の毛もよだつ。しかしキンミヤとぶにぶにしたやつは、よく響き合い、奏で合っていた。





これがいのちをいただくという行為なのだ、と男はひとりごち、目玉の裏のぶにぶにした奴を味わっていた。

 おお、鍋に豚汁がある。
 冷蔵庫には甲州土産のほうとうがある。





男は残りの豚汁を温め、ほうとうを投じた。ぐつぐつとしばらく煮込み、深皿に取ると八幡や磯五郎をたっぷりと振り掛けた。これは毎年正月に善光寺さんにお参りし、ご門前の八幡や本店で数本を買い求めて来るのだった。男は七味の利いたほうとうを堪能すると、また塩鮭に戻った。窓の外の雨音は続いている。もう男の耳には、雨が降っているのか、キンミヤが空からぽつぽつ落ちてくるのか、もう解らない。惚けたように椅子に身体を預け、いつまでもチタンのカップを舐めていた。





4 件のコメント:

  1. ほうじ茶で割ると美味しいことをお伝えしておきますw

    錦糸町の酒場に同業者4人と呑みに行ってキンミヤのボトル3本空けたのを思い出しました。
    ひとりは下戸なのでひとり1本呑んだのですよね。
    どうやって帰ったのかさっぱり記憶ない…。

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    1. さかしたさん。ほうじ茶ですか!
      紅茶は試してみようと思ってましたが、これもやってみます。

      東京を離れて20年近くの歳月がいつの間にか....
      街の名前の響きが懐かしいものです。懐かしいというか、
      甘酸っぱかったり切なかったりやるせなかったり心えぐられたり....
      いま思い出しかけて、心の奥底の押し入れから、どろりとした、
      それこそヘドロの塊かタールのお化けみたいなものが出てこようとして
      あわてて引っ込めたのは良いが、そんなものを自分の心の押し入れに
      押し込んだまま放置していたということに驚かされました。

      北アがそろそろ冠雪します。清めに行ってきます。

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  2. 私は、酒は弱いのでキンミヤには縁がないのですが。鮭の頭について一言。
    目の裏のブニブニしたところとのことですが、私は目の前(鼻のあたり)の皮と骨の間のゼラチン状の部分が大好物です。下手するとあれより旨味の濃厚なものはあまりこの世にないんじゃないかと思えるくらい。海のなかの最上の旨味の集結というか、これがなんともすごいんですよ。
    とにかく顔全体の皮の下を野生的なまでにしゃぶるのが至上の喜びです。この件についてはこちらに住むグリズリーさんたちもお墨付きです。鮭の多い時期には頭のそのゼラチン質(氷頭)だけたべて残りは食べない不届きもののグリズリーさん達も多数いらしゃいます。

    私はグリズリーさんとは違って生は、ちょっとなので、粗塩をふってグリルで焼いていただいております。

    ご存知とはおもいますが、念のため、、、、、

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    1. アラスカの師匠。
      >酒は弱いので
      たしか、「酒は、度数がいのち」とご指導頂いた記憶がありますが....

      あのゼラチン。そおっと皮を剥いで、出てきた頭蓋骨の凹凸の
      微かな窪みに少しずつ貼り付いてる奴ですね。
      あれは骨をしゃぶるように頂かないと、巧く食べられないのでありますw
      しかも口の回りに接着剤塗ったみたいになります。

      ユーコンを遡って来るようなでかい魚たちでは、
      おいしいぷにぷにのアレもたっぷりなのでありましょうなあ。

      >残りは食べない不届きもののグリズリー
      子どもの頃、ライダースナックだったかで、同じような記憶があります。
      プロ野球スナック? ビックリマンチョコ? なんかそんなやつです。
      思い出せば数十年も昔でありますw

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