2016年5月4日水曜日

春、霞へ


2016年5月1日から翌2日、Jと霞沢岳に遊ぶ。

ウエストンも芥川も歩いたいにしえの道から徳本峠へ。峠のテント場をベースに、長い雪の稜線を辿って山頂を踏む。

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5月1日。松本電鉄上高地線始発に乗るべく、午前4時前に家を出る。松本駅までの舗装路3キロ、山靴の音をなるべく響かせぬよう、眠れる住宅街を静かに歩む。駅舎に再会を果たしたJ曰く「始発は6時半だぜ」。なんと04時45分の始発は、この日は出ないということだ。





電車は空いていた。飲んで朝帰りの人々のほか、数人だけが山支度である。07時過ぎ、バスに乗り換え、島々谷の入り口で降車する。




芽吹き始めたばかりの森の中を進む。瀬音が響き、岸辺の崖に時折落石を見る。春山らしい光景に、ちょっと引き締まる。




島々谷川は、両岸から支流を集め滝を掛け轟いている。岩魚釣りらしい人の姿もちらほら。




09時半に二股をすぎて、林道は古い峠道に変わる。牛馬も通ったとは思えぬほどに狭く険しい箇所も。ところどころ崩れて、巻いたりへつったり。このアップダウンが、かなり堪えた。




狭隘部の桟道はしっかりした作りだった。




11時25分、岩魚止小屋に到着。大休止。




30分ほどエナジー補給に当てて、出発する。予想では、この先そろそろ残雪の渓を行くと読んでいたのだが、その様子が見られない。デブリの塊に汚れた雪が残るのだが、谷を埋めるほどではない。今年は雪解けが早いのか、そもそもの積雪が少なかったのか。




何度か徒渉する。まだ橋が架けられていない箇所があるからだ。湧水の傍らに自生の山葵の群落を見つけ、なぜか嬉しくなる。健気なものだ。



南沢が南大沢と分かれ、峠道はさらにその先で峠沢をのぼる。このあたりから少しずつ雪が現れ始め、峠の直下ではほぼ残雪の上を歩いた。





15時過ぎ、大きく息を喘がせて峠のテント場に到着、幕を張る。気温は10度。北側に明神穂高の峰々は見えていたが、強い風を峠に吹き付けていた。湯を沸かして簡単な食事を終え、いつの間にか眠っていたようだ。22時に目覚め、外の様子をうかがう。


手元の温度計で3度。

満天の星だった。穂高はわずかにガスをまとっているようだったが、冲天から東西南に雲はない。獅子座の南にひときわ明るい星が強い光を放っている。北斗七星の柄杓は東の空に高い。そして見えている星のとなりまわりそこかしこに、無数の密やかな光源がある。星の数は、僕が知っている以上に多いということだ。星空のざらざらとした感触のようなものが、見てはならない自然の神秘の手触りのように思えて、少し気持ちが悪かった。


軽量化のため、シュラフをモンベルの#5にしていた。かなり辛い夜を覚悟していたのだが、十分に温かく、足先が冷えることは無い。ただ、毎晩のように敷き布団にしているリッジレストがつぶれ気味で、ケツだけ冷たい。ロープをほどいて尻の下に広げてやると、地面からの冷たさは消えた。


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5月2日の朝を迎える。



翌朝、少し寝坊して05時10分出発。ジャンの辺りにはガスが巻いているが、明神は見えている。まずまずのスタートが切れそうだ。




ジャンクションピーク2428までの急登は、やはりきつかった。以前夏に来た時の記憶でも、ここで相当に絞られた。夏道のジグザクに沿ってトレースがあった分、救われたといえるだろう。




06時20分、あの山頂表記の木製のプレートは雪の下だろう。Jと「この辺だろう」と想定して写真を撮る。

2428からは方向を変えて西に進む。船窪状のやたら広い尾根がいく筋もあるので、迷うケースも多そうだ。ルートを示す以外の赤テープも複数ある。残雪期初めての方は注意されたし。





稜線伝いに、地味なアップダウンが続いている。それでも目的地は確実に近づいて来るもので、K1をはっきり捉えた瞬間の胸の高鳴りは、ね。




前日に歩いたと思われる、爪の長い黒坊や。爪パンチだけは許しておくれ。




六百山の稜線がどんどん低くなってくる。この辺で先行者の姿を確認。4名がK1と霞沢岳本峰の間を歩いているようだ。




2420m高地まで上がって来た。森林限界を抜けて、雪稜となる。目指す本峰(左奥)も、K1、K2のすぐ向こうだ。




Jは嬉しそうだ。雲の上で岩と雪しかない状況というのが彼の愛する世界で、畳の部屋に布団と炬燵があれば良いという僕とは、隔たりが大きすぎる。




春の霞沢岳、ロックオン。




さてしかし、ここからが僕には手強い。
K1への標高差180mほどの登りなのだが、稜線上の雪壁なので、スリップしたら稜線の左右どちらかに墜ちてしまう。ほら、こんな風に。




だからこれまでの人生でご縁にすがることの出来た、ぜんぶの神さま仏さまのお名前を唱える。阿弥陀さまから天神さま、お地蔵さまからお稲荷さま、果ては自分の両親爺さん婆さんまで引っ張りだして、素直に、謝る。

09時、お陰で何とか、K1ピークに立つことが出来た。ご利益というものは有り難いものである。正面にK2、左に本峰。左奥彼方は御嶽山。




K1から振り返る。正面がジャンクションピーク2428、その右奥に小嵩沢山2387.3m、さらに遠く八ヶ岳が全山見えている。

K2ピークの雪壁は急ながらも高度差がそれほどでもなく、なんとか這い登る。本峰までは3カ所ほど雪庇の上を歩かねばならないので、さきほど唱えた神さま仏さまに、またすがる。





山頂直下の雪田にて。振り返るK2(中央右寄り)、K1(右)、そして西穂、奥穂、吊尾根、前穂、さらに我がホーム常念。10時少し前に霞沢岳到着。




山頂での大切な儀式。アックス二本で急ごしらえの鳥居を奉納し、山の神さまに御礼を申し上げ、大福の三段重ねでお供えを差し上げる。






13時30分、徳本峠のテント場に帰着。

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この日、稜線にいる間、ヘリコのロータ音が途切れることが無かった。好天で荷揚げだろうと気にも留めずに居たが、ジャンダルム上空でホバリングしている。やがて松本市街地方向へ飛び去ったので、遭難者を救助したものと推測された。この後上高地に下山、ニュースを読むと、いくつかの残念な事故があったと知る。ご不幸にも大変な目に会われた方々、ご関係の方々に、心よりお悔やみお見舞い申し上げます。






6 件のコメント:

  1. いい天気だったですねぇ。30日夕方からかなり吹雪いていてどうなんだろうかとか思っていました。
    前穂奥穂は30、1と下山できず、ヘリも近づけずな状態だったみたいですね。
    自分は1日の深夜に山梨で車陸送でリタイヤになってしまいましたので、会えずに残念でした。次回こそは酒池肉林でやりたいものです。

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    1. 師匠、徳本峠に幕張った夜は、風がおっそろしく吹いてましたよ。
      幸いポール折れたりせずにしのげましたが。
      あの状況下で稜線ビバークとか、想像したくありません。
      自分らは好天に恵まれてヤバいことはありませんでしたが
      天気の読みを間違えるとアポーン確定ってことですね。
      来年は石和温泉でやりましょうよ。

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  2. マスノスケ2016年5月9日 1:33

    麓は新緑。稜線は眩しい残雪。それに正面には雪を頂いた穂高連峰。
    お天気にも恵まれて、最高の山行のようですね。それに爪の長い坊やともうまく行き違いで。
    これも一重に師匠の山の神様への大福のお供えもの御利益のですね。。。。。

    それにしても、北アルプス、美しい。アラスカの山もいいですが、色々な樹木が稜線まで茂る
    北アルプスは美しい。いつか、私も行きたいものです。

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    1. アラスカの兄貴。
      アンカレジでは大福売ってないかもしれませんが、
      自作も可能なのでデナリの神さまにぜひお供えなさってください。
      ご利益はすごいもので、下山後のカジノでも、
      それこそ百万ドル単位でリターンがあります。

      山嗤う、と前にも書きました。
      日本の里山の若草色が、徐々に高度を上げて中級山岳の
      2000m付近まで染め上げています。
      夏が兆し始めています。うつくしい、美しい季節です。

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  3. イマさん

    上高地を後にしてから今回の山旅の事を時系列にあれこれ考えているのですが
    何日たっても言葉が見つかりません。

    こと、霞沢岳に関して言えば6年目のリベンジ。
    あの時もアドバイスを頂き、そして今回も多くの情報を頂きました。

    稜線から見た明神の稜線。
    去年、涸沢からの帰りに見た奥穂高南陵。

    全てが繋がっている。

    そんな感じがするのですよ。

    「山へ行く人生、山へ行かない人生」

    今さんの全ての言葉に感謝。

    言葉では表現出来ないが2人でこの山旅が出来た事に感謝。

    有り難う。有り難う。有り難う。

    まだ、それしかまだ言えない自分をお許し下さい。

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    1. じゅん君。まったく、
      「山に行く人生、山へ行かない人生」そこに尽きるね。
      思えば槍の穂先で腹踊りして以来、北アのそこかしこに
      いくつ魂のかけらを置き忘れてきただろう。
      そのひとつひとつに思いを寄せると、僕こそ、感謝を捧げねば。

      ありがとう。

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