2016年5月1日から翌2日、Jと霞沢岳に遊ぶ。
ウエストンも芥川も歩いたいにしえの道から徳本峠へ。峠のテント場をベースに、長い雪の稜線を辿って山頂を踏む。
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5月1日。松本電鉄上高地線始発に乗るべく、午前4時前に家を出る。松本駅までの舗装路3キロ、山靴の音をなるべく響かせぬよう、眠れる住宅街を静かに歩む。駅舎に再会を果たしたJ曰く「始発は6時半だぜ」。なんと04時45分の始発は、この日は出ないということだ。
電車は空いていた。飲んで朝帰りの人々のほか、数人だけが山支度である。07時過ぎ、バスに乗り換え、島々谷の入り口で降車する。
芽吹き始めたばかりの森の中を進む。瀬音が響き、岸辺の崖に時折落石を見る。春山らしい光景に、ちょっと引き締まる。
島々谷川は、両岸から支流を集め滝を掛け轟いている。岩魚釣りらしい人の姿もちらほら。
09時半に二股をすぎて、林道は古い峠道に変わる。牛馬も通ったとは思えぬほどに狭く険しい箇所も。ところどころ崩れて、巻いたりへつったり。このアップダウンが、かなり堪えた。
狭隘部の桟道はしっかりした作りだった。
11時25分、岩魚止小屋に到着。大休止。
30分ほどエナジー補給に当てて、出発する。予想では、この先そろそろ残雪の渓を行くと読んでいたのだが、その様子が見られない。デブリの塊に汚れた雪が残るのだが、谷を埋めるほどではない。今年は雪解けが早いのか、そもそもの積雪が少なかったのか。
何度か徒渉する。まだ橋が架けられていない箇所があるからだ。湧水の傍らに自生の山葵の群落を見つけ、なぜか嬉しくなる。健気なものだ。
南沢が南大沢と分かれ、峠道はさらにその先で峠沢をのぼる。このあたりから少しずつ雪が現れ始め、峠の直下ではほぼ残雪の上を歩いた。
15時過ぎ、大きく息を喘がせて峠のテント場に到着、幕を張る。気温は10度。北側に明神穂高の峰々は見えていたが、強い風を峠に吹き付けていた。湯を沸かして簡単な食事を終え、いつの間にか眠っていたようだ。22時に目覚め、外の様子をうかがう。
手元の温度計で3度。
満天の星だった。穂高はわずかにガスをまとっているようだったが、冲天から東西南に雲はない。獅子座の南にひときわ明るい星が強い光を放っている。北斗七星の柄杓は東の空に高い。そして見えている星のとなりまわりそこかしこに、無数の密やかな光源がある。星の数は、僕が知っている以上に多いということだ。星空のざらざらとした感触のようなものが、見てはならない自然の神秘の手触りのように思えて、少し気持ちが悪かった。
軽量化のため、シュラフをモンベルの#5にしていた。かなり辛い夜を覚悟していたのだが、十分に温かく、足先が冷えることは無い。ただ、毎晩のように敷き布団にしているリッジレストがつぶれ気味で、ケツだけ冷たい。ロープをほどいて尻の下に広げてやると、地面からの冷たさは消えた。
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5月2日の朝を迎える。
翌朝、少し寝坊して05時10分出発。ジャンの辺りにはガスが巻いているが、明神は見えている。まずまずのスタートが切れそうだ。
ジャンクションピーク2428までの急登は、やはりきつかった。以前夏に来た時の記憶でも、ここで相当に絞られた。夏道のジグザクに沿ってトレースがあった分、救われたといえるだろう。
06時20分、あの山頂表記の木製のプレートは雪の下だろう。Jと「この辺だろう」と想定して写真を撮る。
2428からは方向を変えて西に進む。船窪状のやたら広い尾根がいく筋もあるので、迷うケースも多そうだ。ルートを示す以外の赤テープも複数ある。残雪期初めての方は注意されたし。
稜線伝いに、地味なアップダウンが続いている。それでも目的地は確実に近づいて来るもので、K1をはっきり捉えた瞬間の胸の高鳴りは、ね。
前日に歩いたと思われる、爪の長い黒坊や。爪パンチだけは許しておくれ。
六百山の稜線がどんどん低くなってくる。この辺で先行者の姿を確認。4名がK1と霞沢岳本峰の間を歩いているようだ。
2420m高地まで上がって来た。森林限界を抜けて、雪稜となる。目指す本峰(左奥)も、K1、K2のすぐ向こうだ。
Jは嬉しそうだ。雲の上で岩と雪しかない状況というのが彼の愛する世界で、畳の部屋に布団と炬燵があれば良いという僕とは、隔たりが大きすぎる。
春の霞沢岳、ロックオン。
さてしかし、ここからが僕には手強い。
K1への標高差180mほどの登りなのだが、稜線上の雪壁なので、スリップしたら稜線の左右どちらかに墜ちてしまう。ほら、こんな風に。
だからこれまでの人生でご縁にすがることの出来た、ぜんぶの神さま仏さまのお名前を唱える。阿弥陀さまから天神さま、お地蔵さまからお稲荷さま、果ては自分の両親爺さん婆さんまで引っ張りだして、素直に、謝る。
09時、お陰で何とか、K1ピークに立つことが出来た。ご利益というものは有り難いものである。正面にK2、左に本峰。左奥彼方は御嶽山。
K1から振り返る。正面がジャンクションピーク2428、その右奥に小嵩沢山2387.3m、さらに遠く八ヶ岳が全山見えている。
K2ピークの雪壁は急ながらも高度差がそれほどでもなく、なんとか這い登る。本峰までは3カ所ほど雪庇の上を歩かねばならないので、さきほど唱えた神さま仏さまに、またすがる。
山頂直下の雪田にて。振り返るK2(中央右寄り)、K1(右)、そして西穂、奥穂、吊尾根、前穂、さらに我がホーム常念。10時少し前に霞沢岳到着。
山頂での大切な儀式。アックス二本で急ごしらえの鳥居を奉納し、山の神さまに御礼を申し上げ、大福の三段重ねでお供えを差し上げる。
13時30分、徳本峠のテント場に帰着。
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この日、稜線にいる間、ヘリコのロータ音が途切れることが無かった。好天で荷揚げだろうと気にも留めずに居たが、ジャンダルム上空でホバリングしている。やがて松本市街地方向へ飛び去ったので、遭難者を救助したものと推測された。この後上高地に下山、ニュースを読むと、いくつかの残念な事故があったと知る。ご不幸にも大変な目に会われた方々、ご関係の方々に、心よりお悔やみお見舞い申し上げます。