日帰りで常念に、と予定していたが、前夜のウイスキーが過ぎたのか寝坊した。しかし私はめげること無く、装備から雪道具を抜いて替わりに珈琲道具を詰め、山靴をハンワグの【スーパーフリクション】から【クラックセイフティー】にスイッチ。さらに二度寝してゆっくりと朝飯を喰らい、家を出た。
これは庭の一輪草。先日、楢の樹の下にそっと咲いているのを見つけた。ということは、近所の戸谷峰の二輪草も見頃になっているということだ。出かけてみよう。
カブで25分ほど走り、国道254の三才山ドライブイン付近の空き地に停める。【クラックセイフティー】のひもを締め直し、ポールを伸ばして歩き始める。
山道に入ってすぐ、足下に【オトシブミ】がたくさん。これはオトシブミの母さんが、次の世代へ命を託す際に若葉のカプセルをこしらえ、その中に産卵する。孵化した幼虫は若葉のカプセルを食糧として育ち、やがて成虫となる。
山の藤が鮮やかである。この山、戸谷峰がフォッサマグナの海の底だった頃、海底火山の活動の名残りがこうした岩塊斜面となって残っている。私は勝手に、これを「岩畑」と呼んでいる。だって面白いじゃないか、畑の岩が、夜の間にこっそり育って大きくなる、そんな想像を巡らしたまえ。
緑したたる、と書くほかない。芽吹きの季節の、美しすぎる一瞬だ。
ジグザグと高度を稼いでくると、眼下に国道を眺める。あの先に三才山トンネルがある。
この山の森は、落葉広葉樹が多い。いにしえの人々は、この戸谷峰に薪炭を求めて分け入り、山中に炭を焼いた。その痕跡が、崩れた炭焼き釜の石組みや、地面を黒く染める炭の粉となって残されている。
人々は、この山を、生きて行くための糧として利用した。欅や楢、櫟の樹を伐って炭にした。しかし今でもこの山は広葉樹の森に覆われ、秋にはたくさんのどんぐりが散らばる。伐り尽くして禿げ山にするようなことはせず、伐った樹はひこばえを伸ばして株分かれしたような巨樹になる。どんぐりは動物たちの胃袋も満たした。私がここで見た哺乳類は、ツキノワグマ、ニホンカモシカ、ニホンジカ、ニホンザル、シマリス、ヒトと実に多様である。
滑りやすい土の斜面を少し登ると、小尾根に出る。
芽吹き。
発芽。
どちらも、みどりが、いのちが新しい局面を迎える美しい瞬間。
少し岩が出てくる。ポールが邪魔になる。
高度が上がると、芽吹きの様子が変わってくる。国道のすぐ上では濃密な、爛漫の春が満ちていた。これが、数百メートル登ってくると、まだ淡い、生まれたばかりの春になる。
そう、つい先頃目覚めたばかりの森。
春は、この戸谷峰の山肌を、山麓から駆け上がってくる。そのまっただ中を登って来ることで、私は濃い春から淡い春の、継ぎ目の無いグラデーションに浸ることが出来た。移ろう季節の狭間に、いのちの働きの、形容しがたい感触を五感で受け止めることができた。
私が「南稜の頭」と呼んでいる1,469ピークが同じ高さに見えてきた。
三兆八回。ちがう、山頂は近い。
稜線に乗る。ここから右へ、ピークはすぐそこ。
賑やかな話し声が聞こえてきた。ここへは二十回ぐらい来ているが、誰かと会うのは初めてである。三角点にご挨拶。
sanpo師匠のアルコールストーブを携えてきた。湯を沸かし、アロマへの期待に鼻孔を膨らませ、さて眺めを愉しもう。しかし、春霞に遮られ、楽しみにしていた槍穂の連なりは見えなかった。
それでも山の神さまへのお供えは、ちゃんと大福。他人の目があるので正式な儀式は叶わなかったが、神さまはお許しくだされよう。
お供えが済むと、むしゃむしゃむしゃむしゃ、うめえええ。
山頂直下の二輪草。踏まないように歩くことで精一杯。
可憐な姿ではある。
おい、バイケイソウ!
私が最も好きな場所のひとつに、最も好ましい時期に来ることが出来た。山の神さまのお導きである。
そして、ホオの樹のアトラス。
今年も無事に芽吹きを迎えていた。
みどり、緑。
途中、とても気持ちの良い親子連れとご一緒に歩き、シマリスを眺めたり、山の話をかわしたり。
標高1,000mの野間沢橋に降り立つ。ここは国道254。
帰り道に必ず寄る、御射神社さんの秋宮。老杉の茂る境内に、私の打つ柏手が響いた。
女鳥羽川と戸谷峰。
山の神さま、今日もありがとうございました。