2016年4月15日金曜日
湯の湧く不思議な尾根
それはまだ風の冷たい日々のことで、北ア前衛の尾根にもたっぷりの雪が残されている頃のことだった。私は歩き残していた道なき薮尾根を辿り、秘峰と呼ぶにふさわしいあるピークを踏むべく、安曇野の奥の山裾を走っていた。そのピークには、2013年5月、残すところ距離で400m、標高差200mまで迫ることが出来たが敗退。いつかは、という思いで雪の締まった3月を選んでやって来たのだ。
ところが、林道の奥の方、以前にはなかった「冬期間通行止」のゲートが設置されていた。しばらくは閉ざされたゲートを睨み、諦めきれない思いをどこへぶつけるか苦悶したりしたが、結局はアプローチを断念し林道を降りた。私は雪上装備を携えたまま、しらじらと明けゆく安曇野の田園に立ち尽くしていた。
ぐぬぬぬ、山の神さまへのお供えの大福餅も行き場を失ってしまった。新調したアックスはいまだ氷の冷たさを知らず、研ぎ上げた12本爪は雪を求めてきゅうきゅう啼いている。こいつらが可哀想でならず、私を視線を巡らした。夜は明けようとしている。この時間から這い上がれる場所で、氷雪に刃と爪を喰い込ませるに適した場所はないか。
唯一、エキサイティングな時間を与えてくれそうな場所が有明山だった。宮城のゲートから少し歩かねばならないが。もとより山頂までは無理。白河滝はまだ凍っているかもしれないが、直下までなら行けるのではないか。しかしチキンな私は、時の進みと黒川沢のデブリを勘案し、有明山に向かうべきではない、という本能の声に従った。ぐぬぬ、もはやこれまで、か。
もはや諦めて、帰って飲もう、そう決めたときだった。現在地のすぐ左側に冨士尾山という風化した花崗岩の山があることを思い出した。最初に訪れたのは2009年頃の初夏で、尾根道には頭上までの笹、山頂の1キロ以上手前で引き返している。同年初冬に再訪すると、弱まった笹の繁茂の下に道型を拾って目立たないピークに至ることができた。そこから眺めると雪はだいぶ消えているが、それでも歩ければ拾い物だ。
西へわずかに走り、別荘地最奥の松林の中にリトルカブを停める。標高720m。松林を少し進み、林道終点の建物脇からかなり急な斜面を這い上がる。
やがて温泉の源泉を汲み上げているのか、また小屋がある。
小屋の前には、小さな流れが出来ていた。温かい。
痩せた尾根の急登は続く。標高900m近く、やがて視界が開けてきて東から南方向の眺望が得られた。
この先にも、尾根の上に設置された四角い升状の構造物が現れる。ここから湯気が出ているのを見たことがある。これも温泉関係だろう。南側の小ピークを見てみる。
以前には気づかなかった手製の山頂標識があった。【温泉山 ユゼンヤマ (仮称) 990m】とある。ここからは、南西方向に大滝山の白い稜線が望まれた。
時々、崩壊地の上を歩く。切れ落ちた側に樹林がないために眺めがいい。やがて西側の北丿沢から登ってくるルートと合わさるが、多くの場合は気づかずに通り過ぎてしまうだろう。なぜならば、すぐに現れるふたつの円筒形の井戸(ポンプ?)から「ごおんごおん」という響きに気を取られるだろうから。盛んに蒸気も吹き出している。尾根の上に源泉ポンプ? やはり不思議な山だ。
温泉が湧くのは、多くの場合、谷底だ。河川の下刻作用で削られた大地の奥底から源泉が湧き出るというのは頷ける。また谷、沢そのものも、断層という岩盤の割れ目に沿って浸食するわけだから、谷のラインは断層に一致することが多い。山間部の古くからの温泉地は谷の底、というパターンにはこうした訳がある。しかしここ、冨士尾山では花崗岩質の痩せた尾根の上で源泉を汲み上げている。重ねて書くが、不思議なことだ。
尾根のやまみちに、茸山を示す警告が頻出する。ビニル紐が張られ、採るな、罰金だ、と警告は続く。やがて、路傍に佇む馬頭観音さまに会う。山仕事で荷役に倒れた牛馬を供養したものか。左手、西側には沢音が聞こえる。ここから、トレースがだんだん薄くなる。
踏み後はしっかりしていて迷うことはないが、薮なれぬ人だとロストすることもあるだろう。所々に残された赤テープを尾根通しに拾って歩く。ただしこれは登りの話で、下りだと枝尾根に引き込まれそうな場所が数カ所ある。枝尾根にも茸山や林業関係の赤テープも見えていたから、読図が欠かせない。松の根と花崗岩の塊が激しい抱擁をしている場面に出喰わす。愛の形のひとつを見る思いである。
このあたりから尾根は雪に覆われてくる。道型を探し、灌木の枝をくぐり笹をかき分けていく。笹の海を行くときに役立つのが、ブーツで地面近くの空間を探る感覚。笹の葉の下に埋もれた道型を探していく、藪山の醍醐味である。
まだかな? という感覚を何度か経て、山頂に到達する。山頂の雪は溶けていた。
南東が開け、美ヶ原と鉢伏山の間に八ヶ岳が望まれる。北西には、梢の向こうに合戦尾根と燕が間近である。
道は行き止まりで、枝尾根への分岐点に「下山道なし」という告知がある。実際ここを下降した人に聞くと、えらいこっちゃだったそうで。
ケツを据えてアルコールストーブに点火する。Sanpo師匠のアルコールストーブ【Sanpo CF Stove】、私のは初期のモデルだ。
湯を沸かしている間に、山頂の三角点にお供えを差し上げる。大福の三段重ねである。やがてポットが鳴り、珈琲をいれてアロマを楽しみ、山の神さまが大福にご満足いただいことを確認の後、むしゃむしゃむしゃむしゃ、うめぇ。
往路を戻り、松林に停めたカブに跨がり、安曇野の田園地帯を少し走って「ほりがね道の駅」で野菜なんかを買い込み、常念さんがよく見える場所でまたカブを停める。
常念岳、横通岳、そしてあのピークも見えている。
もう何年も前から思い描いていたあのピーク、今日アプローチすることすら叶わなかった2467mピークのことは、完全に諦めた。無雪期は薮で絶対不可能、これは過去に証明済み。積雪期は林道閉鎖、もういいよ。
常念岳のズーム。
とにかく山の神さま、ありがとうございました。
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