いまの僕がしあわせなのは、数年前にKUKSAを贈られたからだ。
そのころの僕は超低空飛行を続けていて、ある意味どん底に居た。そんなもがき苦しむ日に、大切な友人から荷が届いた。僕の苦境を見るに見かねて「楽になりなよ」とトリカブトの根っこでも送ってくれたのかと開いた箱から転がり出てきたのは、白樺の樹の瘤をくりぬいて作られたKUKSAだった。フィンランドに伝わる伝統的なこのカップ、贈られた者はしあわせを手にするのだと聞く。すると僕は本当に、二年か三年をかけてしあわせになった。
だから僕はこのKUKSAを大切に、酒を飲む時はこれ、と決めて愛用していた。

去年の春山で。テントの前にストーブを据えて飯をこしらえている。ウイスキーを満たしたKUKSAが写っていた。
大切に扱ってきたつもりの僕のKUKSA。黴を生やしてはいけないよ、と聞いていたので、濡れたまま放置しないように気をつけていた。洗剤を使用しないこと、ともわきまえていたので、水洗いと乾燥に努めていた。が.....

裏山を散歩してボルドーを愉しんだ直後のKUKSA。
げええぇえぇぇぇっ
あ、赤い醜悪な斑点が、木目に浮かび出している....
内側もワインレッドに染まってしまっている。元に戻るのか....
なにか取り返しのつかない間違いを犯してしまったようで、僕は狼狽した。扱いを間違えたのか、それともワインには適さないのか....
なすすべもなく、僕はじゃぶじゃぶとKUKSAを水洗いして、使い続けた。

うわあああ。翌週だったか、午後に自室でウオッカを愉しもうとした時だ。

前回のボルドーの色素が木質部に残っていて、これがウオッカとともに沁み出してきたのだろうか。
考えてみれば、白樺はとても油脂の多い樹だ。内部も表面ももともとのオイル分が被い満たしていたところへ、僕がとくとくとウイスキーやウオッカなどの強い酒を注いできた。アルコールは油脂を溶かすから、これがいつの間にか木質部内部の油脂を抜いてしまったに違いない。こうなると微細な穴が開いたスポンジと同じで、液体が滲み出てしまうのだろう。
調べてみれば、KUKSAの表面には蜜蝋が塗られているらしい。手入れにはアマニ油やくるみ油などを塗って乾燥を防ぐ、ということもわかった。僕のピッケルはもちろんウッドシャフトなんかじゃないから、手元にアマニ油は無い。しかしつまみのナッツ、くるみなら常備である。

ローストされたくるみの実をカップの中に放り込む。これを指の腹でつぶしてつぶして、肌に擦り込む。そんなことを数日続け、僕のKUKSAは甦りつつある。オイルを手に入れてさっさと済ませたいところだが、それでは申し訳ない。実に長い時間をかけて、くるみの実を潰す作業に没頭する。贖罪の意味を込めて、木肌を指で愛撫する。

KUKSAで強い酒をお楽しみの諸賢。オイルを補うことを、ゆめお忘れなく!
【追記】
あれから一週間。僕はククサを磨き続けた。くるみを潰し、擦り込んで、撫で擦り回して。

くは。うは。

革ひもがどこかへいってしまった。仕方が無い、アクセサリーコードを。

こんなことになるんですねぇ。
返信削除胡桃の油分であれまあ、ピカピカになるのも驚きですが、
赤い染みは消えないのでしょうね。まあそれはそれで味わいが出ていいじゃないですか。
師匠、赤いしみが出てきた時は驚きました。
削除シラカバの中に聖母様が隠れておられて、僕のために血の涙を....
思わず十字を切って祈りを捧げてしまったほど。
良い味わいです。いまもくるみで磨いています。
おいらの頭もこんな風にてっかてかになるといいのですが。