予想通り、尾根末端の林床にもふかふかの雪があった。前日の降雪は市街地の屋根をもうっすらと白く覆ったぐらいだから、薄川(すすきがわ)の谷を奥深く入り込んだこの辺りならば当然かもしれない。
尾根の末端は白樺の林で、道の無い急斜面をしばらく登る。鹿のトレースを追っていくと倒木を跨ぐことが少ない。
ふしぎなもので稜線直下に湧水がある。泉には鹿たちの足跡が集まっている。
白樺林はやがて楓や楢に替わる。急斜面をぐいぐい登って行く。樹林越しに美ヶ原や二ツ山が見え始めると、ふたたび白樺だけの林があらわれる。
この先に、尾根の上とは思えない平坦な場所がある。
その場所には、僕は過去2回訪れている。芽吹き始めた春遅くと、紅葉した葉を落とした秋深くに。どちらの時期もすごく気持ちがよくて、僕は憧れにも似たきもちで、雪に覆われた景色を思い描いていた。
たどり着いたのは、訪れる人とて無い場所。
雪面に白樺の樹陰がストライプを描いているだけだ。ここに天幕を張って頭上に鳴る風の音を聴きながら、一夜を眠ったらどんなに素晴らしいだろう。
梢を見上げる。
おとこが独り。この景色の中で転げ回り、大の字になって空を見上げ、眼をつぶって風を聴いている。何ものにも代え難い至福の時間を愉しんでいる。背中の冷たさをも。
そのうち身体を起こして、また景色を眺め、これからどうしようかと考える。この尾根は中央分水嶺から別れているので、このまま登って行けば分水嶺に出る。そこには道があるけれど、この時期、誰かが歩いているとも思えない。ワカンで雪を踏みしめて二ツ山まで行ってみようか? 出発が遅かったから山頂は無理だな。それでもお昼になるまで歩こう。
こうして僕は、荷を背負って再び歩き始めた。標高が上がってくると雪も増えはじめる。
風の吹き方なのか、吹き溜まりもある。広葉樹がなくなって落葉松ばかりになる。境界見出し票と赤テープを見れば、分水嶺は近い。
倒木の一本にケツを据えて、昼飯代わりの大福餅を腹に収める。昼近くを示しているバリゴの高度計をちらっと見て、引き返すことに決めた。
往路のトレースを辿りながら憧れの平坦地を過ぎ、急斜面をジグザグに下って尾根末端の白樺林に帰り着く。ピークを踏むハイクではなかったけれど、気持ちの良い時間を過ごせたことに深い満足を覚えていた。
ここは温泉地。日帰り浴場の隣に食堂がある。のれんには、かけす食堂と掲げられてる。
天ぷら蕎麦をいただき、野沢菜を土産に求める。まだ松の内だ。帰路にはあのお宮に寄ろう。
入山辺の大和合神社。このあたりの村々の氏神様のようだ。社殿の両脇に、信州一の昇福と謳ったすばらしい門松が飾られていた。
本殿を囲む四隅には御柱が建つ。すがすがしい気に満ち満ちた境内で柏手を打ち、お宮の神さま、山の神さま、お正月の神さまにお礼を申し上げた。